小泉今日子3


▼ページ最下部
001 2023/11/07(火) 19:21:18 ID:QTuoEDYRog
小泉今日子2 http://bbs83.meiwasuisan.com/1980s/1595850921...
小泉今日子  http://bbs83.meiwasuisan.com/1980s/1443787224...
の続きです。

スレ画は、94年7月5日発行のデラックス近代映画「BIGアイドルオンパレード」から、
本編の1ページ目です。BIGアイドル8人は、みんな顔のアップから始まるのですが、
どれも、そのアイドルの特徴を見事に表現しています。

このカットは、この笑顔を見るとすべての事が許せてしまうキョンキョンスマイルです。
とんがった顎が、キョンキョンスマイルにスパイスを効かせていて、
他のアイドルとは異なる魅力になっています。

返信する

※省略されてます すべて表示...
272 2026/02/09(月) 01:19:38 ID:Q/X4m3FsTA
>>215
色付け..

返信する

273 2026/02/12(木) 03:54:55 ID:2AABZWM0x2
「微笑物語」の、56ページ目です。
母親は、お母さんっぽくない人でしたが、シツケだけは厳しかったそうで、
芸能界に入ってから、役に立ちました。中途半端な不良だけでは、
アイドルとして大成する事は無かったでしょう。
ファッションセンスの良さも、母親からの遺伝です。

仕事をしている時は男勝りでも、私生活は女らしいキョンキョンは、
上の姉の性格を継いでいるのでしょう。
中途半端な不良は、もちろん下の姉に引きずり込まれたためです。
キョンキョンは、父親・母親・二人の姉という、家族の長所を受け継いで、
芸能界で成功した事が分かります。

>>272
綺麗な色付け版、ありがとうございます。

返信する

274 2026/02/14(土) 16:15:44 ID:9g5/kn/NPc
「微笑物語」の、57ページ目です。
ここに書いてある親友は、写真集「わたし今日子」に載っている幸代でしょう。
私が最初に知ったのは、「コイズミ・イン・モーション」で、「さっちゃん」と言っていました。
一時期は、キョンキョンのファンクラブで働いていたほどの親友です。

その事を昔のクラスメートが、「人気アイドルにくっついて仕事している」と非難したら、
キョンキョンはさっちゃんをかばい、そのクラスメートの発言にがっかりしたそうです。
中学時代に仲の良かった友人でも、キョンキョンが芸能人になると離れていく人が多かった中、
さっちゃんは、キョンキョンにとってかけがえのない親友です。

返信する

275 2026/02/15(日) 06:15:35 ID:2nOtAH0K3Y
色付け修正

返信する

276 2026/02/15(日) 06:19:06 ID:UFizLWo3So
>>260
色付け

返信する

277 2026/02/18(水) 15:12:37 ID:zD1L179SGw
「微笑物語」の、58ページ目です。
デビュー曲「わたしの16才」の歌詞が、2ページに渡って載っています。

>>275,276
綺麗な色付け版、ありがとうございます。
特に275は、色付けソフトだけでは272のような服の色になってしまいます。
(私もやってみました)。カラーページの服の色は275と同じなので(213参照)、
手動で上手く手を加えたんですね。

返信する

278 2026/02/22(日) 20:21:48 ID:4CtJhgnTJg
「微笑物語」の、59ページ目です。
デビュー曲「わたしの16才」の歌詞の続きです。

返信する

279 2026/02/26(木) 19:12:34 ID:AF7muYxFKc
「微笑物語」の、60ページ目です。
演技以外で、テレビで泣いたところを見せたのは、
日本テレビ音楽祭の新人賞授賞の時だけかも知れません。

返信する

280 2026/03/01(日) 23:16:15 ID:wGrn9WN/t6
「微笑物語」の、61ページ目です。
今は東京のベッドタウンになり、都会っぽくなった厚木ですが、
当時は、空き地や野原が多かったそうです。

返信する

281 2026/03/06(金) 15:00:44 ID:8Q/ym3SlG.
「微笑物語」の、62ページ目です。
今でも厚木には、年に5・6回は帰っているそうです。
防空壕はまだあるのでしょうか。厚木米軍基地は、まだあります。
厚木出身の先輩の榊原郁恵とは、ザ・トップテンで良く会っていました。

榊原郁恵が司会をしていた97年のテレビ番組に出演した時には、キョンキョンが小学校高学年の
頃にデビューした榊原郁恵を、クラスみんなで応援していたと言っていました。
ちなみに榊原郁恵が第一回チャンピオンになったホリプロ・タレントスカウトキャラバンに、
キョンキョンも応募しましたが書類審査で落ち、「何てことを」と言う榊原郁恵に、
ホリプロはこういうタイプ(榊原郁恵)が好きなんですよね、と堺正章がフォローしていました。
後に、会場審査まで行った。と訂正しています。

返信する

282 2026/03/09(月) 09:47:12 ID:xKs2BYKtSQ
月刊平凡の83年2月号には、舞子さん姿になったキョンキョンが4ぺージ載っています。
その1ページ目です。

返信する

283 2026/03/11(水) 18:17:34 ID:N0vlAVewts
月刊平凡の83年2月号の、2ページ目です。
キョンキョンの場合、1ページ目の赤よりも、このカットの水色の方が、
舞子さんの着物の色として合っています。

返信する

284 2026/03/21(土) 19:22:44 ID:.mO6RuoajQ
月刊平凡の83年2月号の、3ページ目の上です。
「あけましておめでとうございます。」と書いてあるのは、
発売日が前年12月23日だからです。
デビュー44周年の記念日に、歌手2年生の抱負が書いてあるカットを載せるのも、
何かの縁かな?(こちらは、順番に載せているだけ)

返信する

285 2026/03/23(月) 19:20:05 ID:HnClIKM4aA
月刊平凡の83年2月号の、3ページ目の下です。
「女の子は一度は憧れる艶姿に、今日子もすっかりよってしまいました。」
83年11月1日リリースの7枚目のシングル「艶姿ナミダ娘」や、
84年9月21日リリースの11枚目のシングル「ヤマトナデシコ七変化 」の
作詞家:康珍化は、この記事が頭の片隅にあって作詞したのかも知れません。

返信する

286 2026/03/25(水) 21:21:31 ID:fhAfXEPD8A
月刊平凡の83年2月号の、4ページ目です。
自分を、オキャンなキョンキョンと言っていますが、3年前のオールナイトニッポンプレニアム
でのキャッチフレーズ当てクイズ(自ら出題し、自ら答えるという、本人曰く変なシステム)
では、ビクターがキョンキョンの後のアイドルとしてプッシュしていたのりピーの
キャッチフレーズ「オキャンなレディ」を当てられず、
そんなイメージだったかな?と言っていました。

キョンキョンの中では、のりピーは自分とは似ていないと思っていたのでしょう。

返信する

287 2026/03/29(日) 21:31:35 ID:ndItDmkJ6Q
月刊平凡の83年2月号から、パリンコ学園No.1の記事&写真の1ページ目です。
数年前に、雑誌のインタビューで「今のバラエティはつまらない。」発言をして、
物議を起こしたキョンキョンですが、パリンコ学園No.1のレギュラーや、
8時だヨ!全員集合、ドリフ大爆笑等に何度も出演した経験からの発言でしょう。
パリンコ学園No.1は、30分番組1本収録するのに、1日14時間、リハと本番の2日を
費やし、本番だけでも、ドライリハ・カメリハ、本番という流れがあります。

これは、歌・踊り・コントが上手く出来るうになるために必要な作業です。
フリートーク主体で、1日4本撮りもあるような、今のバラエティ番組とはまるで違います。
多分、今のようなフリートーク主体のバラエティ番組になったのは、「笑っていいとも」の
成功からでしょうが、「笑っていいとも」はお昼の生放送。それをゴールデンタイムの
収録番組にまで広げ、その後同じような番組を粗製乱造したのが現状です。

キョンキョンたち花の82年組は、フリートークをしないバラエティ番組で育った
最後の世代でしょう。厳しく育てられたため、今でも現役バリバリの人が多いです。
今のようなやり方では、新しいタレントが育ちにくい事に、
キョンキョンの発言が警鐘を鳴らしている気がします。

返信する

288 2026/04/01(水) 20:32:24 ID:.sH0rvyPH.
月刊平凡の83年2月号から、パリンコ学園No.1の記事&写真の2ページ目です。
66人の読者が入ると、広いスタジオが狭く見えます。と書いてありますが、
同じGスタジオから生放送しているザ・ベストテンに、スポット・ライトのコーナーで
キョンキョンが初出演した時(82年5月の放送なので、この収録より半年くらい前)、
スタジオの感想を聞かれ、「意外と狭い感じがします。」と答えていました。

すかさず黒柳徹子が、「狭い中、スタッフみんなが駆けずり回って作っているんですよ。」
とフォローしましたが、感想を正直に答えるあたり、早くもキョンキョンらしさが見えました。

返信する

289 2026/04/05(日) 23:31:24 ID:YLrBXRXEkY
月刊明星の83年1月号から、パリンコ3人の座談会(1ページ物)です。
この対談では、ブルマー姿の脚の太さの問題からスタート。
中でもキョンキョンは、ひとりなら何とか耐えられるけど、伊代ちゃんと並ぶと、
ぶっといのが一目瞭然。そうだ、そうだと参戦するちえみ。その伊代ちゃんが
内股スペシャルと謙遜すると、伊代ちゃんの脚はスラッとして綺麗。というちえみ。
サリーちゃん脚でO脚だというちえみと、白だいこんだというキョンキョンが、共同戦線。

ちえみとキョンキョンの共同戦線は、踊りにまで波及し、伊代ちゃんの踊りを褒めます。
(この頃は、やはり伊代ちゃんが一番踊りが上手く、キョンキョンやちえみだけじゃなく、
 秀美や優も、伊代ちゃんの踊りを目標にしていました。当時を知らない人たちは、
 「伊代ちゃん、踊れるの?」なんて、本人の前で言っています。)キョンキョンは、
踊りが上手い少年隊に、踊りを教わっていたそうですが、伊代ちゃんが植草くんに、後ろから
ヒザ攻めするのが得意。と聞くと、うちの師匠になんて事を。と言うキョンキョンでした。

返信する

290 2026/04/09(木) 19:47:10 ID:GOwgpEv5rw
月刊明星の83年2月号から、明星の恒例正月企画である富士登山企画。
この年はキョンキョンが挑戦していて、4ページに渡って載っています。
富士登山に至るまでの心境の変化は、2ページ目に書いてあります。

返信する


▲ページ最上部

ログサイズ:228 KB 有効レス数:286 削除レス数:4





1980年代掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

スレッドタイトル:小泉今日子3

レス投稿

未ログイン (ログイン

↑画像ファイル(jpg,gif,png)